びゅう、と大きな海風が体に吹きつけ、長い黒髪がたなびいた。慌ててその上に被っていた麦藁帽子を押さえるも、間に合わず。中空を待って海面へと落ちる。

「お気に入りの帽子だったのに、なあ」

生憎と今の手持ちには水タイプも飛行タイプのポケモンもいなかった。ざざん、波が行っては戻り、だんだんと沖へ流されていく。今からポケモンセンターへ行ってポケモンを換えてきても、きっと間に合いはしないだろう。
はあ、と大きなため息をついて、その場へしゃがみこむ。お尻に砂利の感触がするけれど、もうそんなことはどうでもよかった。こんなことなら、港へなんてわざわざ来なければよかったなと思う。

「あの帽子、あなたのですか?」

不意に声をかけられて、反射的に肩が震えた。驚かせてしまいましたか、とすまなさそうにその人は言った。

「いえ、とんでもないです」
「それならいいのですがね」

私が服についた砂を払いながら立ち上がると、その人は色眼鏡(比喩でもなんでもなくそのままの意味だ)を人差し指で押し上げ、そして肩に乗っていたマネネも同じ仕草をする。――もちろん、マネネの方は眼鏡をかけていないのだけど。

「マネネ、念力です」

色眼鏡の人がそう言った途端、まねねー!とマネネが両手を前方にかざす。流されていた帽子がふわりと浮き上がり、あっという間に手元へと戻ってくる。その発想と手際のよさに、私は感嘆するしかなかった。

「……、あ、ありがとうございます。念力ってこういう使い方もあるんですね」
「礼には及びませんよ。では、今度は飛ばさないようにしてくださいね」

深々とお辞儀をすると色眼鏡さんは小さく笑み、それだけ言い残して去ってゆく。その後ろ姿に、妙に惚れ惚れしてしまうのだった。