つんつんと頬を突かれている現状に、マオは居心地の悪さを感じた。
いつもの公園でのんびりと惰眠を貪っていたはずが、馴染みのラーメン娘でもなく、組織の関係者でもないだろう初対面の人間にいつの間にか抱き上げられ、膝の上に載せられている。
首元を撫でられ、傍目にはただの鈴にしか見えない無線機がちりんと音を立てた。

「さむい」

なら家に帰れよ、そう喉元まで出かかった言葉を飲み込みながら、マオはわずかに体を丸めた。
ひゅうひゅうと甲高い音を立てる寒風は、猫の体でいても身に沁みる。丈の短いセーラー服にマフラーを巻いただけの少女はどう感じているのだろうかとマオは思った。
首の後ろを撫で続けている少女を片目だけで見やると、どこか焦点の合っていない空ろな目が中空に向けられていた。

「うおっ」

鎮座していた滑り台から唐突に滑り降りた少女に、膝上へ載せられたままのマオは思わず声を上げた。しまったと思った時にはもう遅く、少女の空ろな視線は黒猫へと向けられている。
けれどマオの予想に反して少女は驚きの表情も見せず、そのまま背を撫で続けているだけだった。

「寒いね」

今度は猫に語りかけるように、少女は呟く。誤魔化すようにマオが下手な鳴き真似をしてみせると、少女の口元が小さく弧を描いた。

「私も昔は猫を飼っていたの。黒猫じゃなかったけど」

マオを撫でる動きはそのままに、少女はぽつぽつと飼い猫の話を並べていく。時折思い出したように話を混ぜこぜにして、ごちゃごちゃとわかりづらくしていた。
話下手な女だ、と、目を伏せ、尾を小刻みに揺らしながらマオは思う。

「あまりおもしろくない話だよね」

無意識に出した欠伸に対してなのか、少女は小さく謝りながらマオの頭頂部を強く撫でた。
それで満足したのかどうかはマオの知るところではなかったが、猫の体は砂場に下ろされ、少女の足は軽く砂を踏みつける。

「今夜は雨が降りそう」

偽物の空をぼんやりと見上げながら少女は言い、マフラーを強く巻き直しながらどこかへと向かっていった。
釣られてマオも虚空を見上げ、そのままベンチの下へと身を隠した。