テレビもラジオも新聞も小説も何もかも、この家には娯楽がなかった。
私も昔のように娯楽を純粋に楽しむことはできなくなっていたし任務中でもあるわけだから、特に不自由さ、というか必要性を感じることもなく、たまに商店街の電気屋でバラエティ番組をちら見する程度で十分だったのだ。
同居人もドールだから、文句を垂れることもない。

「おかわりいる?」

貧相な食卓だった。
同じチームを組んでいる人間はこのドール以外皆別の場所に住んでいるから、いつも食事は二人きり。最初の頃は真面目に作ろうとしていたこともあったような気がするけど、やはりドールは食事に対して何の感想も言わなかったので、いつの間にか面倒になり、スーパーのお惣菜と適当な炒め物だけで終えるようになっていた。
私は空になった湯呑みに緑茶を注いだ。

「今回の任務についてだが」

呼び出されてドールを伴い公園に行くと、他の二人プラス一匹は既に勢揃いしていた。
私がドールの手を引いてベンチに腰掛けると、新聞を開いたままの黄が淡々と説明を始めた。黒は滑り台の階段に座り、マオはその後ろで丸まっている。
全員に無線は用意されているのだからわざわざ公園に集合しなくてもいいんじゃないか、と時たま思うことがあったが、思うだけで、口にすることはしないのが常だった。
繋いだ手から体温を感じることはなかった。

「どうしたの」

風呂場の電灯が切れていることに気づいて電気屋に来てみれば、買い物帰りのドールが店先に佇んでいた。私が頼んだ荷物を手に持ったまま。
目線の先にあるものを見るとそれは子供向けの教育番組で、若いお姉さんがピアノを弾いている。ドールにもテレビ番組への興味はあるのだろうか。聞かなかったので、そのあたりのことは結局わからないままだ。
私は電球と一緒に小型の薄型テレビを購入した。

「いやあ、昨日のモーリスは衝撃の展開でしたよ!」

ぺらぺらとマシンガンのような勢いで語りかけてくる少女は、よくここで煙草を買っていく。いつか、自分じゃなくて職場の上司が吸うんですよと、聞いてもいないことを教えてくれたことがあった。彼女が熱く語るテレビアニメは何度か目にしたことがあり、ふとした拍子にそれを話してから私とドールはこの娘に友人扱いされているらしかった。
今回の任務に私の能力は必要とされていないようで、客の少ないこの店でじっと、その数少ない客の相手をしていることしかできない。今頃ドールは無線の報告を聞きながら、奥の洗面所で観測霊を飛ばしていることだろう。
盲目の少女に観測霊の見せる景色はどう映っているのだろうかと思った。