ワゴンを押しながら歩いていると、何かを轢き潰した感覚が間接的に伝わってきた。覗き込めば、轢かれて形が崩れたせいか、なんだかよくわからない塊が落ちている。元は球体だったのだろうか、けれど紅く塗れていてなんだかグロテスクだ。
傍らの階段を降りれば、ここ最近王子もよく通いつめているという闇魔道の研究室がある。研究で使う何かを落としていったのだろうか。魔道士ではあるものの闇魔道には今まで関わりがなかった自分にはよくわからなかった。

「……どうしようか」

とりあえず拾ってみると、手がべたべたと粘ついた。よく見てみると目のようなものもついており、わずかな震えも感じる。一体これが何なのか余計にわからなくなった。
ワゴンに積まれている荷物は同僚から頼まれたもので、地下室へ降りるとなるとここに放置していくことになる。まさかこの城内にそうそう盗人がいるとも思えないが、預かり物を置いていくというのも気が引けた。
こうなると、見なかったふりをするのが一番だったような気がする。

「あの、すみません」
「――あ、はい、なんでしょう」

声をかけられて振り向くと、黒いローブを纏った男性がいつの間にか傍らに立っていた。ひどく薄幸そうで――というのはどうでもいいが、どう見てもこの下の部屋にいるようなイメージだ。そして実際に、目の前の黒ローブさんは闇魔道の研究者だと名乗った。

「それでノールさん、私に何か」
「いえ、ただあなたの手にあるものなんですが」

そこまで言われれば、やはりこの何かは研究室で使われているものなのだろうと察しがつく。私は轢いてしまったことを謝りながらそれを返した。

「やはり、気味が悪いですか?」
「……なんですか、急に」
「――いえ、すみません。初対面の方にいきなり失礼でしたね」

はっとしたようにして、ノールさんは私に謝り倒した。確かに闇魔道には陰鬱なイメージがついてまわるけれど、やはりノールさんもそれを気にしているのだろうか。

「すみませんでした。では私はこれで」

うごめく物体を手に持ったまま、ノールさんはそそくさと地下への階段を降りていく。
私は、べたついた手を上着の裾にこすりつけた。