ごおんごおんと息つく暇もなく打ち鳴らされる鐘の音。ついこの間までは一度にこれほどしつこく鳴らされてはいなかったはずだと不思議に思って道行く人――もとい神に尋ねた。 「あれはなあ……わしらも迷惑しとるんじゃがのう」 「誰が鳴らしているんです?」 「八島さまじゃよ」 八島さま、というのはたしかどこかの土地神だったはずだ。それだけは記憶していたが、顔までは思い出せなかった。ありがとうと亀の姿をした長寿の象徴である神様へ礼を述べると、眼前の神様は目を細めた。その様子になぜか、かつて私が人だったころの祖父のことを思い出す。祖父は人間で、顔かたちにもまったく似通ったところはなかったというのに。 「奴のところに行くなら、もう少し静かにするように伝えてくれんかね。やれ迷惑だなんだのと文句を言うくせに、誰も止めに行こうとせんのだ」 まあわしも人のことは言えんのだがな、そう付け加えてからからと笑う神様に苦笑を返し、手を振って別れた。ごおんごおんと相変わらず大きな音で鳴らされる鐘をBGMに、私は歩みを進めた。 「意外と遠いなあ」 「さま、乗ってくかい」 音の大きさの割りに鐘までの距離は長かった。つぶやいた台詞に、いつの間にかそばにいた渡し守が声をかけてくれる。私はその好意に甘えることにし、本日二度目のありがとうを言った。 渡し守はどこに行くのかも聞いていないのに、まっすぐに鐘の方角へと船を進めていた。渡し守特有の察知能力だろうかなどと考えているうちに、船は堂のすぐ下に接岸していた。 「お代は?」 「結構ですよ」 訊いてみたものの、返ってきたのは予想通りの返事だった。別にこれは私だからというわけではなく、この神の世界でお金なんてあってないようなものだからだ。けれどせっかく声をかけてくれたのだから、とお礼に少しの小銭を渡す。渡し守は微笑んでそれを受け取ると、船を岸から離していった。またこれから足を必要とする神のところへ行くのだろうなと思いながら、私もその場を離れた。 ・ ふぅふぅと肩で息をしながら長い階段を上り終えると、そこには一人の青年と、一匹の犬がいた。犬はこのうるさい中でもすうすうと気持ちよさそうに眠っており、青年――おそらくこちらが八島さまだろう――は手に鐘つきへ繋がる縄を握り締めて立っていた。 「あなたが八島さまですか?」 声をかけるとはっとしたように青年は振り返り、縄を手放してしまう。引かれていた縄は元の位置へ戻ろうとし、しかし勢いづいてしまったのか、そのまま鐘と衝突した。 ごうん。 「……はい、そうです」 「いい鐘ですね」 わけのわからないことを口にしている、と言ってから思った。けれど八島さまは気にした素振りも見せず、逆にそうですよね!と笑顔を見せた。 「私、最近音楽に目覚めたんですが、この体で触れられる楽器というのがあまりなくて。ここにギターなんてありませんし」 「だから、鐘ですか」 「そうなんです。もっとセンスを磨こうと頑張っているんですよ」 にこにこと笑う八島さまを前に、街の神々が迷惑しているからやめろとはとても言い出せない。弁天さまみたいになりたいんですけどね、でもきっとなれないだろうなあ、などと言う八島さまは、いつ目を覚ましていたのだろう、無理だな、そう小さく発せられた犬の声に気づいているのかいないのか。 |