人ごみの中、肩が何かにぶつかった。がはっとして目を向けると、そこには透き通った肌の美しい少女の姿。

「あ、すみません」
「おぬし……か?」
「……えっと、どこかでお会いしましたっけ」

まるでどこぞの姫君かのような端正な顔立ち。このような人に会ったことがあるならけして忘れるはずもないと思うのだが。
思案するに対し、少女はくつくつと笑う。

「儂じゃ、陣九朗じゃ」
「へっ」

思わず間抜けな声を上げてしまうを見て、自称陣九朗の少女はまた忍び笑いをする。けれどには少女の言葉が理解できなかった。なぜなら、かつて会った飯綱陣九朗は男だったのだから。
困惑したまま陣九朗のことを思い出そうとしていると、はたとある考えに行き当たる。いつか陣九朗が漏らしていた魂移しの術だ。

「陣九朗さまはそういうご趣味だったのですか」
「おかしなことを言うな。儂もなりたくてこのような小娘の体になったわけではない」

ぶつぶつと不満を漏らす陣九朗に、今度はが笑う番だった。むっとする陣九朗だったが、その少女の姿ではかわいらしさしか感じない。お暇ならお茶でもいかがです、そう言ったに陣九朗はその顔のまま小さく頷いた。



「陣九朗さまは如何してそのお体に移られたのです?」
「……本当は柳生の子倅を斬るつもりだったのだが」

が問うと、菓子切りで水饅頭をつまみながら陣九朗がこれまでの経緯を説明し始めた。今さらながら、は陣九朗の脇に何かふわふわと浮くものがあることに気づく。あまりはっきりとしていないが、薄っすらと目鼻のようなものがあるように見えた。

「まさかおぬし、これが見えておるのか」
「え、はあ、幽かにですが」
「これがその百姫じゃ。ただの姫様かと思うておったが、とんだじゃじゃ馬でな。手を焼いておる」

やれやれ、といったように百姫の体を乗っ取ったはずの陣九朗は言う。魂だけになった百姫はずっと悲哀の表情を崩さない。

「そなたが妾に体を返してくれればよいだけではありませんか……」
「黒光を取り戻すことができればすぐにでも返してやれよう。それまではじっと辛抱しておれ」
「……まったく、陣九朗さまはお変わりになりませんね」

他人をないがしろにする、以前と変わらない陣九朗の性格には苦笑する。ただそれも、好いている人間へだけのものだ。百姫のことが本当に嫌いなら、陣九朗は会話すらしないだろう。
は少しだけ、百姫を羨ましいと思った。