屋敷から出ると、庭には花壇の花々に水をやる少女の姿があった。
この屋敷には今まで何度も訪れているというのに、これまでに一度もこの少女の姿を見たことはなかった。いつからこの屋敷にいるのだろう、という疑問が湧く。というよりもそもそも、なぜこの屋敷に年端もいかぬ少女がいるのだろう。中佐は未婚のはずだったし、家政婦というには幼すぎる容姿だった。
中佐とは上司と部下という関係以外の何者でもない私には、中佐がどんな人間を住まわせようが知ったことではない、といえばそうなのだが。

「どうも、おつかれさまです」

書類を抱えたまま棒立ちでじっと少女を見つめていると、視線に気づいたのか不意に少女がこちらに声をかけてきた。話しかけてくるとは思っていなかったものだから、思わず硬直してしまう。
如雨露を手にしたまま頭を下げる少女に軽く声をかけると、私は足早にその場を去った。



数日経って、糠茶を淹れてくれないかという中佐の指示に従っている最中、なぜか、ふと例の少女のことを思い出した。

「あの、中佐、お訊きしたいことがあるのですが」
「何かな?私に答えられることであれば答えるがね」
「……中佐のお宅にいた女の子、あれは誰なんです?」

言ってから、なぜ急にこんな不躾な質問をしているのだろうと後悔する。思い出してしまっても、ここでこんなことを訊くべきではない。が、中佐のほうはわずかに呆けただけで、あとはくすくすと笑うばかり。逆にこちらが面食らってしまう。

「――いや、失敬。しかし、あの子が他人との関わりを持つとはね」

意味深な台詞だ、と思う。いつものことだが、中佐の考えていることはいまひとつ理解できない。
中佐は少し温くなってしまった糠茶を口に含み、目を細めた。

「おそらく君の考えている通りだよ、彼女は」