「おーい あべくーん」 体育の授業のためグラウンドへ向かう途中に上の方から阿部の名を呼ぶ声がして、つい顔を上げた。三階の窓(確かあそこは化学実験室だ)から、見知らぬ女子が片手をぶんぶんと振っている。「誰?阿部の知り合い?」「顔は見たことあるけど、それ以外は知らねェ」九組で見かけたことあるような気がする、という阿部の言葉にああ、とうなずいて、思い出す。たまに九組の連中のところへ行くときに会ったことがあるように思う。教室で笑いながら会話してるのを目の端で捉えたりとか、それくらいのちょっとしたもんだけど。 「あべくーん」 名前も知らない彼女は、阿部くん阿部くんと何度もこちらへ呼びかけ続けている。「なにー」ようやく阿部が間延びした言葉を返した。 「ノート わすれてるよー」 振っていた手を、今度はメガホンのようにしながら彼女は言った。「あとで 教室まで届けようかー?」「自分で取りに行くから やんなくていーよ」「そーお?ならいいんだけどねー」 じゃあ 体育がんばってねー 言ってその女子は教室の奥へ引っ込んでいく。 「なんであの子、阿部のこと知ってたんだろうな」 「同じ学年なんだし、別に知ってても不思議じゃねェだろ」 「まあ、そりゃそうか」 もっともな意見だと、思った。 |